第7回 聖衣剥奪

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第7回 聖衣剥奪

紀元後ほどなくした春の過超祭の折、イエスはロバに跨り、ユダヤ人からの熱狂的な歓声に迎えられ、ユダヤ教の総本山エルサレムに入城した。ロバに跨るイエスの姿は、メシアの到来を告げる堂々たるものであった。しかし、わずかその数日後、イエスは自身が愛していたはずの人々から裏切られ、嘲りと嘲笑の中、処刑の地ゴルゴタの丘へと引き立てられた。聖書の一筋は、兵士たちによって嬲り者にされるイエスの姿を証言し、「…外套を脱がせて元の服を着せ、十字架につけるために引いて行った(マタイ福音書27:31)」と述べている。

さて、16世紀中葉、ギリシアから放浪の末スペインの街トレドに辿り着いた画家エル?グレコは、大聖堂の聖具室を飾る一枚の絵の制作をそこで依頼される。本作「聖衣剥奪」がそれである。王の証である緋色の外套を纏ったイエスは画面中央に置かれているが、その表情は彼を嘲る周囲の人々とは対照的である。彼は群がる群衆や兵士らによって自身の外套を剥がされつつも、ただ天のみ見つめ、その豊かな聖性を顕示させている。

しかしながら、この作品はその画面構成の斬新さ故に注文主である教会当局によって一旦はその代金の支払いを拒否された経緯がある。イエスよりも上の位置に群衆が描かれていることや鮮烈な色彩で画面が覆われていることがイエスの神性を損なうものと見られ、行き過ぎた聖像表現を禁ずるトリエント公会議の教令に抵触すると思われたのである。とはいえ、教会の意向に沿った作品が必ずしも人々の信仰心を鼓舞するとは限らない。その後、聖具室に掛けられた本作が公開されたとき、トレドの或る人々はイエスの厳かな佇まいに涙し、感激をもってこれを迎え入れたとも言われている。


(キリスト教文化研究所 松村 良祐)

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